2017年07月30日

68.2kg あんずの木φ(・ω・ )

今朝の体重68.2kg 体脂肪率34.1%

あちゃぱ〜

まだ体脂肪率低いから、むくみとれていないとみた

で、今日はお気に入りの温泉ポンユへ行ってきたわ。

明日どうなるかしら


7月1日から北海道北見市の実家へ移住してきて早30日が経ち…

いまだ荷物全部出していないんだけど、せっかくだからゆっくり実家にあるもの整理していきながらやっていこうと思ってる。

で、ちんたらちんたらときどきやっているんだけど、やっぱりこの家で一番好きなのは、2階のこの窓だな〜って思う。

DSC_1599.JPG

窓から外を見ると、ご近所さんが菜園やってくれているありがたい庭と、若いとき少しだけ住み込んだ6畳のプレハブと、あんずの木が見える。

ここの家は祖父が買った土地。

あんずの木も祖父が調達したんだろう。

DSC_1600.JPG

あんずの実がコロコロ落ちてるわ。


あんずの木の元には、うちで飼っていたペットが眠っている。

眠っているというか…もう、千の風になってオホーツクブルーに溶け込んでいるんだろうな


最近、コメントやりとりさせていただいているプー太の父さんのパートナー犬であるプー太君のシルエットが、昔飼っていたうちのハリーとイメージだぶっていた。

それで、ハリーの写真見つけたらブログに載せますってプー太の父さんのブログにコメントしたのだけど、私が高校生になってからのアルバムはあるんだけど、それ以前の親が管理していたアルバムが見当たらないっ

ハリー発見.JPG

とりあえず飾り棚にあった写真は発見したので、部分変色しちゃってるけどアップ。

ハリー.JPG

プー太君と色は全然違うのですが、プー太君の写真拝見していて、なんとなくハリーを思い出していた。

プー太の父さんは、最近プー太君が年をとったなあって感じているそうです。

ペットを飼っていると、ほんと、自分を追い越して年をとっていくのをみていく試練みたいなものがありますよね。

こんなあどけない顔していても、おじいちゃんなんだな〜って。


プー太の父さんのそんな思いの記事はコチラ…


小学5年生頃に、なんの事情があったのか知らないけど予告もなく突然母が連れてきた子犬のハリー。

犬が顔に雪をつけてはしゃいでいるのって、とってもかわいいと思ったものです。

大人になってから「犬の体に悪いことしちゃったな〜」と反省したけど、小学生の頃の私は、リボンナポリンやリボンシトロンを飲んでいるとハリーがほしそうにしている気がして、器に入れてあげていた。

実際、ハリーは喜んでごくごく飲んで、がふーっとゲップして満足げに笑っていた気がしていたわ。


ハリーがだんだん弱ってきたとき、私は千葉にいた。

母からハリーの様子を電話で聞かされていた。

そのとき、親と同居していた祖父も白血病末期で弱っていたときだった。


祖父はベランダ越しでハリーに「お前が先かなあ。俺が先かなあ。お前、俺より先に行くなよ。もうちょっと頑張れ。俺が先に行って待っていてやるから。でももうつらいのか?俺もだ…」などと話しかけていたそうだ。

結局ハリーが先だった。

母はハリーをあんずの木の下に埋めた。

じいちゃんはあんずの木を見ながら、ハリーが待っていてくれるから安心だって母に言ったそうだ。


どうしてみんな同じところにとどまっていられないんだろう。

どうして年をとっていかなきゃならないんだろう。

どうして死んでいかなきゃならないんだろう。


小学生の頃、そんなこと寝る前に考えて泣いていたことが何度もある。

砂時計の砂が落ちるのを見るのが嫌だった。

こんな速さで人や動物は年をとっているのかと。

そして高校生のときは、老後のこと考えて無気力になっていた。


ハリーが旅立って、じいちゃんが旅立って。

じいちゃんのお葬式で帰ってきてあんずの木を見ながら思った。


亡くなって埋められても焼かれても、ハリーやじいちゃんを構成していた物質が地球から出ていったわけではない。

大気に溶け込み、また地球を構成するものとして生まれ変わるってことなんだ。


木ってすごいな。

誰が死んでも、ずーっと長く長く生き続けるんだな。


私も子育て終わって48歳になり、母が67歳で亡くなったこともあって、もしかしたら私の人生あと20年くらいかも知れない…と、本気でシュウカツ考えだした。

北海道へ帰ってきたきっかけは父のことだけど、自分のシュウカツを考えても、やっぱりこのあんずの木がある北海道のきれいな空の大気に混ざりたいから帰ろうって決心したんだ。


ハリー

ただいま


あんずの木を見ていると、雪の中で夢中になってハリーと遊んでいたころがよみがえってきます。


そんな気持になるって、せつないけど幸せなことなんじゃないかと思っている私にポチっとしてくださると嬉しいです








お時間ありましたら…北見市をとことん紹介するブログもよろしくお願いします。

北見市を多くの方に知ってもらって「そこに住んでもいいよ〜」って方とマッチングできたら、めぐりめぐって日本の人口減少問題解決の小さな糸口のひとつになれるんじゃないか…という思いの仲間で運営しているブログです



posted by れいれい at 23:23| 北海道 ☔| Comment(2) | 思い出話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。
写真を見て「アレッ」と思いました。
左側の半分はプー太の写真を合成したわけでもない・・・
ちょっと変わった変色の仕方で、左側のプー太と同じ茶色の部分は
変色したところですか?まったくプー太と同じ色ですけど。
穏やかで優しそうな表情をしてカワイイですね。
プー太もやっぱり優しそうな穏やかな表情をしているので
散歩のときはすれ違う人によく「カワイイ」と声をかけられました。

こんな写真を見るとサリーちゃんに会いたくなるでしょう。
お母さんは私と同じ年とは早く亡くなったんですね。
人生60代が一番楽しいときにお気の毒なことでした。
Posted by プー太の父 at 2017年07月31日 05:38
★ プー太の父さんへ ★
おはようございます。
プー太の父さん〜、サリーじゃなくてハリーですぅ(〃´▽`〃)

ハリーの写真、私の小さな写真と重ねて飾っておいたものだから、左側が変色していない部分なのです。
とはいっても、白と黒の犬だったので、左側が変色していないのかどうかは微妙ですが…昔のフィルム現像しての写真ですしね。
ハリーも近所の方にかわいがられる愛嬌ある顔していました。
かつら?かぶっているみたいで、絵に描きやすかったです(o^▽^o)
私は高校進学で北見に出てきて、当時実家は清里町にあったので、私とハリーのこってりした付き合いは小学校5年生くらいから中学卒業まででした。
私が近づくと散歩だ散歩だってアピールしていたハリー、散歩する気がないとわかると、私に「いかないでね」って感じでお尻を向けて振り返りながら、私の足の上に座るという特技?を持っていました(o^▽^o)
千葉に行ってから実家が北見市になり、その頃にはハリーおじいちゃんっぽい動きになっていました。
夜中でも私が帰ってくるとヨロヨロしながら出迎えてくれるので、「いいんだよ、出てこなくて。寝ていなさい。」ってなでながら泣けてきていた日も思い出します。
全部ひっくるめてハリーの生きた証が残っているって思っています。

2009年、日赤に内科の医師がいないときに腸閉塞をおこして手遅れになってしまった母のことも同じく、あちこちで思い出す思い出が生々しいときは泣いてばかりいましたが、今では思い出されることが一緒にいるようで嬉しく思います。
実際、父に謎の母の写真メール?がきたり、去年父と札幌行く前日に天気の心配話をしていたら突然ラジオのスイッチが入って天気予報が入ったり(夜中の12時ですよぉおお)するので、「まだこの家にいるのか?」なんて思ったりしました( ̄▽ ̄;)
去年13回忌終わりましたし、私が帰ってきたから安心してオホーツクブルーになったんじゃないかと思います。
Posted by れいれい at 2017年07月31日 08:48
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