2017年07月05日

67.4s 結婚式の写真(._.)

今朝の体重67.4kg 体脂肪率35.6%

うっかり66s台乗るんじゃないかと少々期待していたけど、残念ながらあいかわらず下がっては上ってくる体重。

まあ、焦らずいきますわ。

九州の大雨、心配です。

皆さまどうかご無事で…と祈っています。


今日の昼ご飯。

P7055070.JPG

今日は珍しく「暑い」と思ったので、ひやむぎ食べたくなり、父も食べるかと思ったら「やっぱりやめておく」と言い…

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3束分ゆでてしまったのだが、全部私が食べてしもうたわ。


私の部屋はまだ片づけ途中…

DSC_0758.JPG

再利用しようかな〜と引っ張り込んでみた20代の頃使っていた黒いジュエリーボックスと黒いチェスト。
(いっとき黒い家具が流行ったんだよね。)

ジュエリーボックスには今じゃ使えないわ〜というアクセサリーと、前川清さんとのツーショットなどお気に入りの写真も数枚入っていた。

そのうちの1枚。

DSC_0764.JPG

結婚式のときの写真だ。

この結婚は終わってしまっているので関連写真はほとんど捨ててしまっているのだが、これは残しておいたんだな。

今の私の年齢と、このときの父の年齢が同じなのであえてアップしたくなった。

打ち合わせでは、花嫁は父親に手を引かれてお客様のテーブルをまわるって設定だったのだが、わかっていても、どうも私は父より前に出てしまい父を連れ回しているような感じでビデオに写っていた。

ホテルのスタッフに何度も「お嫁さん、お父様の後ろをそっと歩いてください!」と小声なんだけどドレスひっぱられながらきつく注意された。



私が中学に入った頃から、父はあからさまに私をさけるようになった。

私が30歳くらいになってから母が
「父さん、お前が中学入った頃からどう受け答えしていいかわからなくなっていたのよ。
決して嫌っていたわけではないのよ?」と言っていたからさけていたのは間違いない。

中学生のときに清里って町にいたんだけど、北見に転勤になるから北見の高校を受けろと父に言われた。

そして私は言われたとおり北見の高校受けて入学することになったのに、父は転勤がとりやめになったと言った。

私は青天の霹靂状態で親元を離れ突然の下宿生活。

だまされた 追い出された そう思った。

母が言うには、北見の高校を受けた方が大学に入りやすいと考えての嘘だったというのだが…

父は、ながったらしいヘリクツばかり言う私より、夢見る夢子さんで素直で物事深く考えない妹だけがかわいいんだ、そう思って頭にきたけどあきらめた。

だから父の後ろをそっと歩くなんてしおらしいこと、18歳の私には無意識にできなかったんだと思う。


でもね、その件に関して平気な顔していたけど、どこかで私は妹がうらやましかったんだよ。

だから私が連れ回していようと、終わった結婚の写真だろうと、2人の写真なんて珍しいから処分できなかったんだよ。多分。


私は、私が後悔しないために関東生活終わらせて北海道にきて父と同居始めた。

父は…いやなんじゃなかろうか。ふとそんな不安もよぎる。


今、これ書いていて涙が出てるよ、48歳の父ちゃんへ。


そして、咳こみ、むせながらも頑張って寝ている78歳の父ちゃんへ。


おやすみなさい。






posted by れいれい at 23:59| 北海道 ☔| Comment(4) | 思い出話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
れいれいさん、こんにちは(^▽^)

そういう時期があったんですね。
お父様もその時のことを忘れてないと思います。
だから、れいれいさんが戻られることが嬉しくもあり
申し訳なくもあり・・・っていうお気持ちなんじゃないかと。

当時のわだかまりが残っていても、れいれいさんが
お父様のために戻ろうと決心されたこと以上の親孝行
ってないと思います(^-^)
誰にでも出来るものじゃないですから。

花嫁姿のれいれいさん、とってもキレイ☆☆☆
2度目のためにも、お父様にお元気でいていただかないと(*^-^*)

北見でイイ男をゲッツですわよ(^▽^)/
Posted by mayu at 2017年07月06日 11:39
れいれいさん 今日は

綺麗な花嫁姿ですね。
記念の写真ですので、大事になさってください。
私は父と手をつないだことがあるだろうかと、考えさせられました。
ありませんね・・・入院して看病に行ったときに、食事を口に入れたり
体をふいたりなどはしましたが、手をふくときに触れるくらいだったかも
しれません。

清里って山梨県のですか?。
同居はお父様にとって、心強い生活になると思います。
お二人で楽しい明るい日々の生活に、なさってくださいね。
Posted by motoko at 2017年07月06日 15:05
★ mayuさんへ ★
mayuさん、こんばんは(ノ ̄▽ ̄)ノ
この日の記事、こっち方面へ行く予定じゃなかったのですが、書いているうちにこっち方面になり、感情高ぶり〜になっていました(ノ ̄▽ ̄)ノ
でも、心のタンスの奥深くのもの引っ張り出せた感じで、すっきりしました。
ブログ1年9か月滞るほどあれこれ悩んでいたっていたのは、このこと無意識層でひっかかっていたからってことかあと気づけました。
私の部屋、2階なんですけど、2階にずっとこもっていたら父さん転んだときなどすぐ対応できないから、なるべく1階の父さんの部屋でパソコンやろうか?それとも邪魔かい?私はどっちでもいいんだけど…って聞いたら、1階に無理なくいられるならいてほしいと言われ、「あ。一応頼られているってことよね?」とホッとしました。
元気出るコメントありがとうございました。
いろいろあったけどお互い水に流そうよ、お互い何かがちょっと不器用なんだ、母さんは私と父さんが似ているって言っていたしね…って父に対して言葉にしていないけど、その気持ちは少しずつ伝わっていると思います。
Posted by れいれい at 2017年07月07日 02:22
★ motokoさんへ ★
こんばんは(*^ー^*)
この記事書いていて、久しぶりに感情が高ぶってしまいました。
でもひっかかっていた気持ち、本人にではありませんが、ブログ上ででも言葉にできてよかったと思います。
あとは自分の決めた道を進むのみ♪
はい。この写真は大事にします。

ある程度大人になってから父親と手をつなぐなんてあまりないですよね。
というか…母ともなかったです。
それでも母とは心が通じ合っていると思える関係でした。
父とはこのあとも「はあああ?」といういざこざが時々勃発し、当時は激怒したこともありましたが、今となっては、ほんと父は不器用だったんだなとすんなり思えます。
言葉足りませんでしたが、ここで書いた「清里」というのは、北海道の「清里町」でした。
清里町から北見市の高校へ通うとしたら車で2時間という距離でしたので、必然的に1人暮らしが始まったのです。

昔のことは水に流して、父だけではなく私の人生のしめくくりの一環として同居を決めたのですから、とことん後悔を少なくする生活を送っていきたいと思います(*^ー^*)

心強いコメントありがとうございました。
Posted by れいれい at 2017年07月07日 02:33
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